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 鏡の女たち

2003年5月

FEMMES EN MIROIR

鏡の女たち

  • 監督・脚本:吉田喜重
  • 出演:岡田茉莉子、中田好子、一色紗英、山本未來、室田日出男
  • 音楽・作曲:原田敬子/笙:宮田まゆみ

2002年 日本映画 129分

  • 22002年カンヌ国際映画祭正式招待 特別上映作品

吉田喜重監督が、特別の思い入れを持って14年ぶりにメガホンを取った作品です。監督は、次のように語っています。

終戦の夏、中学一年生であったわたしは、福井市への深夜の大空襲によって、生家を焼かれ、猛火のなかを逃げまどった。その記憶が鮮明であるがために、やがて知った広島、長崎への原爆投下は、わたし自身の恐怖の体験と深く重なりあい、ひとつのものに溶けあってゆく。それは、「あのとき、わたしも広島にいた」という意識となり、「わたしの内なる広島」となって、いまも問いかけてくる。

7年前、戦後50年を迎えるにあたり、「わたしの内なる広島」を映画で描くことを、心に決めた。20世紀が終わるのを前にして、最後の機会のように思われたからだが、限りあるわたし自身の年齢のことも思い合わされ、急がなければという気持ちに追われたからである。      (映画パンフレットより

20世紀中に原爆をテーマにした映画を作り、新しい世紀へのメッセージをと考えて、監督自身が書いたシナリオが、2000年の暮れに完成しました。フランス国立映画センターの助成を得たことによって、日本での4社の資金を出し合っての製作が決まり、2001年8月5日、広島原爆投下の前夜の灯籠流しのシーンからクランクインしました。

吉田監督は、「20世紀を生きてきた一人として、いま風化されつつある原爆の記憶を、21世紀に語り継ぎたい」と、岡田茉莉子を主演に、女性の目をとおして表現した、奥行の深い作品を完成させました。

「原爆投下の日の再現としてキノコ雲の映像を流すという方法でなく、原爆を表現したい」これは監督の重大なテーマでした。親から子へ、孫へと体験を語るということをとおして原爆を描きます。

物語

川瀬愛(岡田茉莉子)は、行方不明の娘の美和らしい人が見つかったとの連絡を受け、市役所へ向かう。その人は、美和の母子手帳を持っているというのだ。

美和は、20歳のときに家出し、戻ってくると女の赤ん坊を生み、再び失踪して24年が過ぎた。愛は、月に一度、市役所の戸籍係へ出向いて美和を捜していた。大学病院の医師だった夫はすでになく、美和の娘の夏来(一色紗英)は、アメリカにいる。

市役所に行ってみると、その女性は、幼女誘拐の常習犯の疑いで、警察にいるという。その人は尾上正子(田中好子)といい、記憶を喪失していた。誘拐の日が決まって11日であることを聞いた愛は、驚く。11日は、美和が女の子を産んだ日だった。愛は、彼女が美和では……と思いはじめる。さっそく、アメリカの夏来に帰国するよう連絡する。

家に戻った愛は、一人の女性プロデューサー(山本未來)の訪問を受ける。彼女は、広島で被爆した一人のアメリカ兵のドキュメンタリー番組を制作しようとしていた。愛の夫である川瀬医師のメモから、アメリア人も被爆していたと分かったので、愛に協力してほしいというのだ。しかし、愛は冷たく断る。

愛は、正子が娘の美和かどうか判断しきれないでいた。夏来は、自分を捨てていった母を受け入れることができす、正子に会うことを拒否していた。

正子のアパートを尋ねた愛に、正子はDNA鑑定をして、早く結論を出してほしいと促すが、愛は家族のようなつきあいをしたいと正子に申し出る。正子の母と同じだという愛のしぐさ、正子の部屋にある割れた鏡……、愛は、正子が美和であるという確信を確かなものにしていく。

愛の家を訪れた正子は、小さいときの記憶を少し取り戻す。広島の海の見える病院、その窓からは、小さい島がいくつも浮かんでいるのが見えたという。それを聞いた愛は、美和は広島で生まれたのだと告げる。3人は、広島へと出発する。

広島の、海に浮かぶ島が見える病院。愛は、その部屋のベットをじっと見つめ、ここで、美和の父が亡くなったと告げる。「覚えているでしょ!」愛は泣きながら、正子に迫る。

愛は、原爆ドームが見える元安川の岸辺にたたずみ、あの日の出来事を二人に語り始める。

 

「あのとき、ひとりでは生きられなかったわ。誰かと手を取りあい、抱きあっていなければ、とてもあの苦しみに耐えられなかった。」流れる灯籠を見ながら、愛は二人に語ります。家族が殺され、何もかもなくなってしまう戦争。被爆した多くの人が、苦しみながら水を求めてやっとたどり着いた元安川。毎年、広島の人々は、元安川に流れる灯籠を、どのような思いで見つめているのでしょうか。美しくも静かな反戦のシーンです。

洗練された舞台を思わせるような映像です。演技も、小道具も、余分なものをできるだけ削り、役者の立ち位置や割れた鏡など、シンボル的な表現を用いながら、人間の深い苦しみを描いていきます。ひと味違った映画の作り方を見ることができました。

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