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 さようなら、クロ

2003年7月

さようなら、クロ

  • 監督:松岡錠司
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  • 脚本:松岡錠司、平松恵美子、石川勝己
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  • 原作:藤岡改造『職員会議に出た犬・クロ』(郷土出版社)
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  • 出演:妻夫木聡、伊藤歩、新井浩文、金井勇太、井川比佐志
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  • 音楽:Unknown Soup & Spice
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  • 音楽プロデュース:岩代太郎

2003年 日本映画 109分


長野県松本市にある松本深志高等学校は、県内でも有名な進学校であるばかりでなく、歴史のある高校です。前身の松本中学時代には、相馬愛蔵(新宿中村屋創始者)や木下尚江が学び、有能な教育者たちを輩出しました。生徒たちによる自治が進んでいて、自由な校風が特徴です。

この映画は、1960年代にこの深志高校に住んでいた“クロ”という犬と、生徒、教師たちのお話です。クロの名前は「職業:番犬」として職員名簿に載っていて、職員会議にも出席するということで有名になり、新聞にも取り上げられた犬です。

しかし、クロの活躍を描いた、名犬ラッシー(ちょっと古いですね)のようなワンワン物語りではありません。クロの活躍ではなく、存在そのものが語りかけてきます。

「バタアシ金魚」「きらきらひかる」「アカシアの道」など、弱さを持った人間を温かく見つめる松岡錠司監督の作品です。

物語

亮介(妻夫木聡)は、秋津高校3年生。3年生の秋のある朝、登校のときに橋のたもとに寝そべってる黒い犬を見つけました。お腹がすいていそうな犬に、弁当のおにぎりを差し出すと、犬はペロリと食べてしまいました。犬は、校門へと急ぐ亮介の後を追って、高校の門をくぐって行きます。

今日は、高校の文化祭「とんぼ祭」の最終日。フィナーレの仮装行列の最後を飾る西郷隆盛のために作ったダンボールの犬が壊れてしまいました。出番を直前にして亮介たちが困っていると、さっきの犬がトボトボとやってきました。亮介たちは、西郷隆盛の犬として、その犬を採用することにします。

「本物の犬を使うとは思わなかった!」と先生たちからもほめられ、仮装行列もこの犬のお陰で無事終了しました。行列のときの堂々とした犬の姿は、生徒たちの間で話題となりました。

この日から、犬は秋津高校に住みつき、生徒たちから「クロ」と呼ばれ人気ものになりました。用務員の大河内(井川比佐志)と一緒に食事をし、夜の見回りも大河内の先を歩きました。授業中は教室に入ってきて、一番前で難しい数学を聞き、職員会議に出席して、真ん中に陣取っては会議の様子を見守る……、クロはすっかり秋津高校の一員になっていきました。

亮介と孝二(新井浩文)は親友です。しかし、2人とも雪子(伊藤歩)のことを思っています。孝二は積極的な雪子にかかわろうとしますが、亮介は雪子の思いに気づきません。

孝二は、雪子とのデートで映画を見た帰り、自分と亮介のどっちが好きかと雪子に尋ねます。「2人を比べたことがない」と答える雪子に、「オレよりあいつのことが好きなんだな」と迫ります。雪子は答えることができず、ただうつむいています。孝二は、困った顔の雪子の首に、自分がしていた赤いマフラーを巻き、一人、オートバイに乗って走り去っていきました。

しかしその日、雪子の耳に入ったのは、孝二のオートバイがスリップしてトラックと衝突し、病院に運ばれたという知らせでした。

孝二の赤いマフラーを手にした雪子が病院に駆けつけたとき、孝二の母親の泣き叫ぶ声が廊下に響き渡ります。いたたまれなくなった雪子は、マフラーを残し病院から走り去ります。

放心状態の雪子は、フラフラと学校に向かいました。教室に入り、窓を開けて飛び降りようとしたとき、「ク~~ン」という声が聞こえました。クロです。我に帰った雪子は、悲しさがこみ上げてきて、クロを抱いて涙を流します。クロは、やさしく雪子のほほをなめてあげました。

さようなら、クロ

時は流れて、10年後。
 牛乳配達をしている賢二(金井勇太)は、毎朝校門にたたずむクロに、毎朝牛乳を飲ませています。女手一つで自分と妹を育ててくれている母親は、小さなラーメン屋をしていますが、生活は貧しく、賢二は、大学をあきらめて就職しようと考えています。ケンカ友達の矢部は金持ちの息子で、大学へ行くことを決めています。

東京の郊外で獣医をしている亮介は、友人の結婚式に出席するため、久しぶりに帰省しました。高校の用務員室のクロを訪ねてみると、そこには、年老いたクロが寝そべっていました。食欲のないクロを不信におもった亮介は、クロの腹をさわり異常を感じます。診察の結果、クロは子宮に膿がたまる病気で、手術をしないと助からないほど危ない状態とわかりました。手術をすべきか、または、高齢なのでそのままにしておいたほうがいいのか、職員会議で議論されますが結論が出ません。「手術の費用をどこから出すのか」という質問も出ました。

クロに助かって欲しいと思っている賢二は、クロの手術費を捻出するために募金を思いつきました。高校に設置された賢二の手作りの募金箱には、卒業生たちからもお金が入れられました。

亮介の執刀で行われるクロの手術の日、雪子は亮介に、神戸が死んだ日、死のうとしたがクロに助けられたのだと話します。命を助けてくれたクロを、助けて欲しいと頼みます。雪子は離婚して、今は独り暮らしをしながら、市役所の戸籍係として働いていました。

クロの手術は成功しました。亮介が東京に戻る日、見送りに来てくれた雪子に、亮介は「今でも好きだ」と伝えます。

手術後、元気になってのんびりと過ごしていたクロでしたが、歳には勝てず亡くなったという知らせが入り、亮介は再び松本へ帰ります。学校では、クロのために葬儀が行われ、在校生、卒業生、近所の人たちが大勢集まりました。

クロの葬儀の帰り道、雪子は亮介に語ります。
 「クロはちゃんと最後まで生きたんだね。幸せだったんだよね。……私も幸せになろうと思う」2人の手は、そっと握られていました。

 

雪子は、神戸君の死に罪の意識を感じ、卒業した後も、ズーっと心のどこかにひっかかっていて、心は解放されていないようです。しかし、みんなから愛されていたクロの生き方から学びます。いつまでも捕らわれていてはいけない、クロに助けてもらった命を、クロのように自分の生きる場で、精一杯生きようと思うのです。

互いに好きだったのに、ちょっとした時のズレから思いを伝えることなく離れてしまった亮介と雪子。2人を温かく見守る同級生たち。そして、入学しては卒業していく数多くの生徒たちを見守るクロや先生たち。人間の中にあるやさしさが、前面にあふれている映画だなと思いました。

「私も幸せになろうと思う」という雪子と一緒に、見ている者も「幸せに生きよう」というほのぼのとした決意のようなものが、ジワーっとわき出てきます。「幸せになりたい」ではなく「幸せになろう」という思いです。とても希望のある言葉です。

美しいアルプスの山並みの中で育てられた、互いを思う心。中高生ののすさんだ心が引き起こす残酷な事件が続いている今、松岡監督が発信したメッセージは、さらに深い意味を持つものとなりました。小学生から高齢者まで、多くの人に見ていただきたい映画です。

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