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 母のいる場所

2005年4月

母のいる場所

  • 監督:槙坪夛鶴子
  • 原作:久田恵『母のいる場所~シルバーヴィラ向山物語~』(文藝春秋刊)
  • 音楽:大友良英
  •   
  • 出演:紺野美沙子、馬渕晴子、小林桂樹、野川由美子、細山田隆人
  • 企画制作:パオ

2003年 日本映画 116分

  • 第16回東京国際女性映画祭出品

「老親」で数々の賞を取られた槙坪監督の、新しい作品ができあがりました。脳血栓で半身不随になった母親の最後の居場所を、家族で探していく過程を描いた映画です。原作『母のいる場所 シルバーヴィラ向山物語』は、『フィリッピーナを愛した男たち』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した久田恵さんが、彼女自身の13年間におよぶ体験を書いたものです。ほぼ事実にもとづいて映画化されました。

槙坪夛鶴子監督は、長いこと慢性関節リウマチを患い、車椅子に乗っておられます。現在64歳の監督は、87歳の痴呆のお母さまの介護もなさっていらっしゃいます。映画製作という大仕事を成し遂げるエネルギーは、小柄な監督のいったいどこから出てくるのでしょう。

主演の紺野美沙子さんは、子育てと女優という仕事、そしておばさまの介護をしています。母親役の馬渕晴子さんは、長い闘病生活の後の出演だとか。映画「母のいる場所」は、原作者の久田さん、槙坪監督、紺野さん、馬渕さんなど、関係者の思いが重なってできた作品です。

物語

フリーライターの久野泉(紺野美沙子)は、取材で有料老人ホームを訪れた。施設長の高木(野川由美子)は、タクシー会社を経営していたが、親の介護を考え、自らの手で理想とするホームを設立したのだ。介護型のホームは高木の息子が、そのすぐ近くにある自立型のホームは、息子の嫁が責任を持って運営している。

事務室で高木から話を聞いていると、アルツハイマーの男性が、事務室の書類を怒りながら持ち出して行った。職員はあわてることなく、「社長、私が目をとおしておきますから」と、書類を取り戻した。サラリーマンの夫が自立型ホームに住み、精神を病んで介護型ホームに入居している妻を見ているケースもある。

驚いている泉に、高木がホームの説明をはじめた。介護型のホームでは、入居者を「お分かりにならない方」と言っている。ホームは「高齢者用長期滞在ホテル」と名づけられ、一人ひとりを「○○様」と呼んで、ホテルに宿泊するお客様のように接している。全員が個室で、外出自由、門限なしの、自由な生活だ。職員やボランティアたちが温かく接し、明るく暮らす入居者たちをみている泉に高木は、「あなたも大変になったら、お母さんをここに入れて、ご自分のお仕事をなさい」と言葉をかけてくれた。シングルマザーの泉は、一人息子で高校生の遼(細山田隆人)を育てながら、脳血栓で半身不随となった母・道子(馬渕晴子)を、定年退職した父・賢一郎(小林桂樹)とともに介護していたのだ。

母・道子が倒れたのは、遼がまだ小学生のころだった。20歳のとき、威圧的な父に反発を感じて家を出た泉は、大学を中退、結婚、出産、そして離婚をし、作家として自立しようとしていた。「なぜ、日本男性とフィリピン女性の結婚が増えているのか……」、その実態を調べるため、泉は、小さい遼を両親のもとへ預け、フィリピンへ取材に行くことになった。出発前に道子が入れてくれたコーヒーを飲んでいるとき、目の前で道子が倒れた。泉にとっては、作家として認められるかどうかの大切な取材だったが、フィリピン行きを断念せざるをえなかった。

回復の見込みのない母を、兄も姉も面倒をみようとしない。泉は、自分が小さかったころの、能面をつけて仕舞いをする母の姿を思い出していた。母からかわいがってもらった記憶のない泉だった。結局、父と泉が母の世話をすることになった。

一年後、道子は退院して自宅介護がはじまる。70年間、仕事一筋だった父・賢一郎は、妻の介護のために、自ら台所に立つようになる。しかし、自分のしたいように妻を介護する父とヘルパーのいざこざが絶えず、父と泉は母の介護をめぐって対立していた。そんな姿を見て、母・道子は悲しい叫び声をあげるのだった。

ある夜、大きな音を聞いて、泉が母の部屋にかけつけると、ベッドから落ちた道子が、首に寝間着のひもを巻き付けて床の上であえいでいた。「お願いだから、私たちのために生きて!」泉は、母を抱き締めた。

 

印象的なのは、リハビリをせず話すことが不自由になった母・道子の、おだやかな顔です。その場面は何回かあったのですが、馬渕晴子さんの黙ってうなずくときの顔がすてきでした。いろいろあった家族の歴史、夫と子どもたちや孫、そして不自由になってしまった自分の今の状態を、すべて受けとめているような、なんとも言えないおだやかな表情。いい顔でした。嵐を乗り越え、すべてをおだやかに受け入れる、人生の終わりにそのような境地に達することができたら……と、思います。

この映画が、最後の居場所をどこにするかという問題だけでなく、夫婦や親と子のあり方を見つめるきっかけとなりますように。

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