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 ただいま それぞれの居場所

2010年5月

ただいま

  • 監督:大宮浩一
  • サウンド・デザイン:石垣哲
  • エンディング・テーマ:森圭一郎
  • 出演:NPO法人「優人」、ピープル福祉事業所、
       「元気な亀さん」、
       安老所・デイサービス「いしいさん家」、
       NPO法人井戸端介護、安老所「井戸端げんき」
  • 配給:安岡フィルムズ

2010年 日本映画 96分

  • 文部科学省特別選定(青年・成人向け)
 

「介護保険制度は、その99%の人が利用しているでしょう。しかし、残りの1%に、介護保険にあずかれない、介護保険を受けたくないという人々がいます。介護保険制度弱者のために、ごくごく普通の家庭生活の中に、彼らを招きたいと思い、施設を始めました」

介護保険制度が始めって10年が経ちました。制度を見直して変更しながらも、多くの人がこの制度を受けています。しかし、中には制度の恩恵にあずかれない人、制度や施設から見放された人、また制度を受けたくない人がいます。そのような人のため、また家庭で介護をしている人々を助けるため、介護施設を開いた若者たちがいます。映画「ただいま」は、介護保険制度の中で居場所を失った人々が、「ただいま」と言って帰ることができる場を提供している彼らを追った作品です。

最初に登場するのは、介護保険を使わずに介護事業所を開こうとしている大川さんです。28歳。施設となるのはごく普通の民家です。廊下と部屋には段差があり、階段には手すりもなくバリアフリーになっていません。寝たきりになったおじいちゃんの世話をしたいという思いから始めました。開所に向け、大川さんは近所をまわり「こんな家でよかったら来てください」と話しかけます。ホームドクターになってくれる医師とも連携がとれました。スタッフは、大川さんの奥さんと2歳になる娘の優子ちゃんです。子どもはそこにいるだけで、高齢者たちをいやし喜びを与えます。実家に立ち寄った大川さんは、介護事業所「優人」を開設することをおじいちゃんに知らせました。それを聞いたおじいちゃんは、不自由な口で「お~お~」と言って喜んでくれました。

大川さんのように、理想の介護施設を目指し、またはスタッフとして参加している若者が大勢います。次に登場するのは、ケア付き福祉施設「元気な亀さん」のスタッフ大塚さん(20歳)です。当直だったのでしょうか、大塚さんは「先生、起きてください。朝ですよ」と声をかけて、一人の男性(79歳)を起こそうとしています。しかし「先生」と呼ばれたその男性はちょっとしたことで機嫌が悪くなり、着替えを手伝おうとする大塚さんに抵抗しています。椅子から落ちて、隣で寝ていた男性の上に倒れてしまいました。大塚さんは、先生から怒鳴られながら、やっとの思いで下着を取り替え、今度は一段一段、階段を下りて階下の食堂へと連れて行きます。先生は階段の途中でまた抵抗します。「どこへ連れて行くんだ!」「先生、朝ご飯ですよ。食堂に行きましょう」。やっとの思いで食卓についても先生のご機嫌は直らず、箸に手をつけませんでした。

ただいま

創立23年になる「元気な亀さん」は、「一律に決められた介護はしたくない。一人ひとりのふさわしい介護をしたい」という瀧本さん(60歳)が始めました。20人の宿泊利用者の他に、デイサービス、障がい者や学童も通っています。先生は、元小学校の校長先生でした。走り回る子どもを見る先生の目は、ニコニコしてとてもやさしく、大塚さんに抵抗していた石のような重さはうそのようです。

ここにはグループホームでやっていけなくなった人、徘徊が激しいために他の施設や作業所からまわってきた人もいます。すぐ外で出て行こうとする女性を見守りながらスタッフの男性(40歳)は言います。「とってもいい人です。みんなのお世話をしてくれるし。しかし、施設の決まりの中では彼女は排除され、すみに追いやられます。周囲の環境が悪いと、彼女はうまく生きられないのでしょう」ここでは、介護を必要とする一人ひとりが生きやすくなるようにとスタッフが動いています。

「いしいさん家(ち)」も、石井さん(34歳)と妻の香子さんが始めました。介護施設で8年間働いた石井さんは、画一的な介護に疑問を持ち、一人ひとりの生活歴や好きなことを大切にした地域密着型の介護を目指しました。石井さん夫妻の2人の子どもも、利用者と一緒に生活しています。ある日、電話を受けた石井さんはその家に向かいました。「もう疲れちゃった」とか弱い声を出す奥さん。奥に行ってみると、お湯が少ししかたまっていない湯船に入ったまま、びくともしない83歳のおじいさんがいました。こういう状況になった場合、女性のスタッフでは力が足りません。石井さんはいろいろと言葉をかけながら、おじいさんを湯船から立ち上がらせ車に乗せます。「いつでも手伝いますよ」と小柄な奥さんに声をかけます。「ありがとう。ちょっと買い物に行ってきます」「この間に、ゆっくり休んでくださいね。お母さんが元気でいてくれないと・・・」。

宅老所「井戸端元気」は、近所の人も立ち寄り、いつもワイワイしている開かれた場所です。施設長の加藤さん(30歳)は、うたたねから寝覚めばかりの近所の女性(86歳)から、頬をピシャリと叩かれました。彼女は、「ひとの家をめちゃめちゃにして!!」とすごい剣幕で加藤さんを怒っています。しかし、加藤さんは怒鳴られても叩かれても怒りません。彼女は、ときどき自分がどこにいるか分からなくなってしまうそうです。

 

「元気な亀さん」のスタッフの大塚さんは偉いなと思います。怒鳴られても腕をかまれても、決して怒らず、見捨てず、相手を尊重してお世話をしています。この映画に登場するどの施設でも、介護する若い人々はみな大塚さんのように寛大で、精神的にも物理的にも、家族ではできない介護をしています。腰も痛くなるでしょう。そこまでできる彼らの思いはどこから来ているのだろう……、エネルギーはどこから来るのだろう……。映画を見ながらずっと気になっていました。分かったことは、その人の土台となる深いところで、一人ひとりをしっかりと受け止める姿勢がしっかりできているということです。「認知症がひどくても、その人と真正面から向き合いたい」。家族の枠を越えて、地域の人々が宅老所に集まり、子どもも、障がいを持っている人も、高齢者も、そしてスタッフも、みんなが家族になっているすばらしい居場所です。


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