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シスター三木の創作童話

ふしぎのメダル

縁側に座るおばあさん


 夏のぎらぎらした太陽の光が、やがて、やわらかいオレンジ色にかわていったある秋の午後のことです。古い黒びかりのする、すき間だらけの縁側にすわって、一人のおばあさんが、しわくちゃの手のひらの上に、小さな丸いものをのせて、しきりになでています。その白いだ円形のものは、太陽の光をうけて、にぶい銀色に輝いています。

 おばあさんは、高く澄みきった空を、ぼんやりとながめていました。その姿は、さびしそうにも見えました。けれど、悲しそうではありませんでした。その顔には、しずかで、やすらかなほほえみが浮かんでいます。
 おばあさんは、遠い昔のことを思い出していたのでした。

 それは、戦争後まもない、食物も燃料も不足しているころのことでした。おばあさんも、今のようにおばあさんではなかったときのことです。若い日のおばあさんは、毎朝、近くの海辺を歩くのが日課となっていました。

 波打ちぎわに流れついた木ぎれを集めて、薪にするのです。おばあさんは、小さなかごを持って、その日も、薪をひろいにでかけました。

 この薪ひろいは、おばあさんの楽しみのひとつでした。というのは、海辺に流れついた木ぎれだけでなく、荒い波に洗われて、桜色に輝く貝がらや、丸くなった、すべすべの小石を見つけることができるからでした。そんなある日、おばあさんは、ふしぎなものを見つけたのです。それは、ニッケルのだ円形のメダルでした。そのメダルには、女の人らしい像がついていました。荒波にもまれて、細かい線はつぶれてしまっています。長い衣を着て、両腕を広げて立っている人の姿でした。おばあさんは、なんだか捨てる気になれず、そのまま、ひろって帰りました。

 おばあさんの家には、一人の女の子がいました。おばあさんは、女の子に、「めずらしいものを、ひろったよ」と言って、メダルを渡しました。

 女の子は、それを、宝箱の中にしまいました。女の子の宝箱、それは、色とりどりの竹で編んだ、ふたつきのかごでした。その中に、棒のチョコレート。そのころは、お菓子などあまりない時代でしたので、女の子にとって、チョコレートは宝物でした。それから、死んだ猫のかたみの鈴、きれいな模様の紙くず、丸く抜けた海の色をしたビンの底などが入っていました。おばあさんがひろってくれたメダルも、その中に仲間入りしたのです。

 あとからわかったのですが、そのメダルは、「ふしぎのメダル」といわれるもので、それをもっている人は、マリア様の特別のご加護があるという、いわれのあるものでした。

 このメダルが縁で、その女の子は、大きくなってクリスチャンになり、修道院というところに入ったのでした。娘は、おばあちゃんのことを気にしながらも、「これからは、神様のためにはたらきます」と言って、汽車にゆられて遠いところへ、旅立ちました。おばあさんは、じっと涙をこらえ、駅のホームで汽車の姿が見えなくなるまで、白いハンカチをふっていました。おばあさんは、自分のしあわせよりも、娘のしあわせを願って、娘の門出を見送りました。

 それから、両の指で数えきれないほどの年月が流れました。さびしかった日も、つらかった日も、今は、もう遠くにいってしまいました。ただ、くる日も、くる日も娘のしあわせを願って、おばあさんは、おばあちゃんになっていきました。おばあさんは、こうして、知らず知らずのうちに、娘よりも大きな心を、神さまにささげていたのです。

 おばあさんは、その「ふしぎのメダル」をなでながら、今日も、遠い昔の日のことを、思い出していたのでした。

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