home>シスター三木の創作童話>ミス・フローラ・グリングラス その2
その写真には、若い夫婦と小さな女の子がうつっていました。おばあさんは、その写真にキスをしました。
「あたし、ママやパパより年をとってしまったわ。ママやパパのおばあさんみたいになっちゃったわ。戦争ってほんとにいやですね。あたしの愛する人たちをみんなつれていってしまったんですからね。あれから長かったわ。あたしは、ひとりで長いこと生きてきたのよ」
そのときです。おばあさんの家の玄関先が急に、にぎやかになりました。
「こんばんは、ミス・フローラ・グリングラス。お招きにあずかりまして、おじゃましますよ」
「あら、うれしいわ。まあ今夜は、こんなに大勢きてくださったのね、よかったわ。あたし、クッキーつくりすぎちゃったの」
「だいじょうぶですよ。ミス・フローラ・グリングラス、ぼくたちがきたら、あっというまに、なくなっちゃいますよ」
おばあさんは、若いお客さまのおとずれで、過ぎた日の苦しい思い出から解放されました。何しろ、ミス・フローラ・グリングラスは、博学でしたから、町の人たちは、いろんな相談にのってもらうつもりでやってきたり、話を聞いてもらおうと思ってくるのでした。
ミス・フローラ・グリングラスは、町のだれよりも長く生きてきただけに、何でもよく知っていました。それに大の勉強家でしたから。でも実際は、おばあさんは、あまり話をしませんでした。それよりも、ほんとに聞き上手でした。上手に人にしゃべらせるこつを知っていました。苦しい思いを抱いてやってきた人も、おばあさんといっしょだと、ついぺらぺらしゃべってしまって、それで心がすっきりと軽くなって帰っていくのでした。おばあさんのあいづちや、ちょっとしたことばから、若者たちは、生きていくための大切なヒントを得ることができました。おばあさんはといえば、自分が何か人さまにアドバイスをしてあげたなんて決して思っていませんでした。かえって、このひとりぐらしの老人をよくたずねてきてくださったと、心から感謝しているのでした。
ミス・フローラ・グリングラスの夜は更けました。
おばあさんは、ベッドに入る前に祈りました。
「神さま、あたくしはね、いつお迎えに来てくださってもけっこうなんですよ。そちらには、パパもママも、そう何たって、アウグスチンがいるんですもの、あの人をずいぶん待たせていますもの・・・。でも、神さま、あなたのおすきなようになさってけっこうですよ。そのときは、あたしはまた、あたしの芝ふの手入れをしますわ。あの芝ふ見事でしょう。ほんとにきょうは楽しい日でしたわ。おかげさまで・・・ありがとうございました。アーメン。
おばあさんは、ぱちんと電気を消すと、しずかなねむりに入っていきました。
ミス・フローラ・グリングラスの見事な芝ふの上を月の光がなめてとおります。そしてあたりがひっそりとしずまりかえったころ、どこからともなく野良猫が5匹、芝ふの上に集まりました。猫たちは、気持ちよさそうに芝ふの上にねそべりました。あお向けになって、よく刈り込まれた芝の葉先にかゆい背中をこすりつけている猫もいます。そのうち2匹は、レスリングをはじめました。やがて、5匹の猫たちは、芝ふの上で、かげふみでもはじめたように、じゃれあっています。
― ミス・フローラ・グリングラスの大切な芝ふの上で ―
これだけは、おばあさんの知らないことでした。