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新世紀ルーツへの巡礼

目次

最後の奉献

4)最後の日本訪問:パガニーニ神父の証言から

創立者


最後の日本訪問中、福岡修道院と韓国の修道院訪問にお供したときのことを思い出します。

旅行中は、ロザリオ、聖務日課、有益な会話に時間を使っていました。また、いつも消えることのなかった痛みのためにときどき席を立って、機内の通路を歩いていることもありました。

福岡からの帰途、東京で韓国行きの便に乗り継ぐはずになっていましたが、そのとき飛行機は雪の東京に着陸できず、乗客に知らせずに大阪空港に寄ったのです。

私は東京到着と思いこんで彼を大急ぎで国際線のほうに案内しようと歩きだしました。気づかないままかなりの距離を歩いたのですが、どうも妙だと感じはじめて、通りがかったサービス・トラックを呼び止め、ロビーに連れていってくれるように頼みました。

アルベリオーネ神父もなんとか高い座席に上りましたが、手を貸そうとしたにもかかわらず、彼は荷物をしっかりと握って離しませんでした。他の旅行者たちのいるところに着いたときに、はじめて間違いに気づきました。この間、こんな不都合にもかかわらず彼はまったく変わらず落ち着いて穏やかでした。

東京に到着すると、待っていた兄弟たちはあいさつもそこそこに、イタリアから電報が届き、私の父が危篤だから出発したほうがいいので、手続きをとっておいたと言うのです。いままでも2回こうしたことがあり、2回とも父は危機から脱出できたので、私はどうしたものかと迷い、アルベリオーネ神父を見つめると、彼はちょっと間をおいてから「自分で決めなさい」と言われました。

どうしたものか、と迷っている私に言われました。「行かないなら、私ができ次第お父さんを見舞いに行こう」こう聞いたとき、私は今度も父は危機を脱出できるな、と思いました。1か月ほどしてから、サンフレのクリニックの院長ルカ・ロッカ神父からの手紙を受け取り、アルベリオーネ神父が父を見舞ってくださり、私に手紙を書いてやれと言われたと言ってきました。

ディスクの前のアルベリオーネ神父

こんなことがあってソウルに到着したのですが、パウロ・マルチェリーノ神父と兄弟たちが何時間も前から私たちを待っていてくれました。

少し何かを召し上がってから、アルベリオーネ神父はマルチェリーノ神父に面接の時間を指定し、部屋に行かれました。

時間になってもアルベリオーネ神父が見えず、マルチェリーノ神父が待っているので、私は部屋をノックしました。返事がないので、そっとドアを開けてみると、アルベリオーネ神父はオーバーも着たままベッドに横になっていました。しかし、すぐ起き上がり、マルチェリーノ神父と面接なさいました。

彼は、いちばん小さい人たちのためにも時間をつくっておられました。

神戸訪問中には、疑問をもっていて、彼に相談したいと言っていた若い女性とも出会って話していました。

……これが、私がパウロ家族の創立者アルベリオーネ神父との関係で思い出すことです。

私の見た彼は、ぎっしりと詰まった毎日を送った司祭でした。数多くの重要な事柄にかかわっておられたにもかかわらず、他者の極めて些細な必要にも心配りがありました。神のうちにあって、神に集中していて、注意深く、落ち着いた人でした。

◆10-2 最後の奉献


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