home > 女子パウロ会とは > 新世紀ルーツへの巡礼 > 10-創立者たちの最後の奉献 > 8)シスターテクラ・メルロについて述べる証言4

新世紀ルーツへの巡礼

目次

神への旅

8)シスターテクラ・メルロについて述べる証言4

シスターテクラ・メルロの葬儀

カッシーノの聖ベネデイクト女子修道院大修院長の証言

1944年2月、カッシーノは爆撃され、モンテ・カッシーノ(聖ベネデイクトの建てた有名な聖ベネディクト会男子修道院がある)も私たちの修道院も同じ夜の爆撃でめちゃめちゃになりました。すっかり希望を失ったような悲しみを私たちの顔に読みとって、シスターテクラ・メルロはいつもの活発さと母性的態度で慰めてくださいました。

心配なさらないで、私たちの家は神さまの家ですからあなたがたのものでもあるわけです。ここから出て行けなどとけっしてだれも言いはしません。あちこちの修道院に分散させたりすることを、だれも許しません。私たちが信頼しさえすれば、神さまが守ってくださるでしょう。

ある日私は、「シスターテクラ・メルロ、いつもあなたの娘たちのパンを食べることを恥ずかしく思います」と言いました。
シスターテクラ・メルロは、まじめな顔でしばらく私を見つめ、すぐその美しい目とくちびるとにほほえみを浮かべて、「そんなことをおっしゃってはいけません。私たちは喜んでしています。神さまにお任せしましょう。しっかりしてください。大修院長さま。」と言われました。私は自分のシスターたちにこの言葉を伝えたので、みんなまた元気づきました。

8月18日、私たちは聖パウロ女子修道会の丘にあるヴィッラ・スタラーチェという別館を借りてそこに移りました。これは私たちの新しい住まいでした。シスターテクラ・メルロは安心させるような声で、「もちろん、はじめはいろいろ不便や苦しみがあるでしょう。あなたがたの状態はよくわかっていますから、できるだけお手伝いします。私たちも、自分たちの最初のころの少し悲惨と貧しさをよく覚えています。でも神さまへの信頼は、いつも私たちのささえでしたし、これからもそうでしょう」と言ってくだいました。そしてなんでもくださいました。皿、コップ、下着、洋服、食べ物……なにからなにまで。
ときどき私たちを訪ね、またシスターをおくって私たちの健康や精神的経済的状態はどうかと尋ねてくださり、手に入る限りのものをなんでも分けてくださいました。
あの別館は少し寂しいところにあって、悪い人が来る危険もありましたので、犬までもくださったのです。

シスターテクラ・メルロの事務室の窓は、遠いけれどもこの別館に面していました。シスターテクラ・メルロは、「事務室に入るたびに、私の考えと目はあなたがたの方に向かいます。そしてみなさんを祝福し、みなさんのために祈ります」と、たびたび言ってくださいました。

私たちは、シスターテクラ・メルロのところに11カ月いて、それからヴィッラ・スタラーチェに10年ぐらいいましたが、いつも聖パウロ女子修道会ととても親しくしました。その11カ月の間に、私たちはシスターテクラ・メルロの多くの徳をながめ、感嘆することができたのです。

まず愛徳において、信仰の精神において、祈りの精神において、また彼女のあらゆる行為にひそんでいたあの深い謙遜、このようなことにおいて、彼女はまったく第1(プリマ)の人でした。

シスターテクラ・メルロは愛しておられました。神を愛しておられました。神を愛するところから、すべての人を愛しておられました。だれかれとなく励まし、信仰の言葉をかけ、深く広い愛を惜しみなく与えておられました。他人を助けたり、お金を与えたりすることがとても難しかった時代に、ほんとうに深い慈悲を示されました。

◆10-3 神への旅


▲ページのトップへ