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世界文学はこうしてつくられる

-イギリスにおける文芸出版文化の現場から-

2008/04/1

 

チラシ

3月20日(木)、東京大学本郷キャンパスで、“ノーベル文学賞を受賞した14人の作家を世に送り出した編集者”、トム・マシュラー氏の講演会「世界文学はこうしてつくられる -イギリスにおける文芸出版文化の現場から-」がありました。

トム・マシュラー(Tom Maschler)氏は、1933年、ドイツのベルリンに生まれ、ナチス・ドイツを逃れて家族とともにイギリスへ亡命しました。映画監督になりたくてローマに行ったそうですが、自分が向いていないと分かり、断念。その後、ペンギンブックスを経て、27歳で文芸出版社のジョナサン・ケイプ社に入りました。そこで、ヘミングウェイ、フィリップ・ロス、ガルシア=マルケスなどの、数々の作品を世に送り出しました。マシュラー氏の関わった作家の中から、14人がノーベル文学賞受賞者を受け、イギリス出版界のカリスマ編集者として有名になりました。2000年末に出された出版情報誌「ブックセラー」で、「20世紀の出版界に最も影響を与えた10人の出版人」に選ばれました。著書に、『パブリッシャー 出版に恋をした男』(原題;Publiser)があります。

マシュラー氏のお話の後、村上春樹や夏目漱石など、日本人の著作を翻訳して海外に紹介した翻訳家ジェイ・ルービン氏の短いお話があり、その後、マシュラー氏、ルービン氏、と日本人翻訳家・柴田元幸氏とのシンポジウムが行われました。

講演会への申し込みが多く、200席ある階段教室には入りきらないため、急きょ、隣接する教室に映像を映し出してそちらでも聞いていただくという盛況ぶりでした。

マシュラー氏 マシュラー氏

マシュラー氏は、1978年にノーベル文学賞を受けたバジェヴィス=シンガーら、ご自分が関わった作家との最初の出会い、その後一流の作家となっていくまでを紹介してくださいました。

 

シンポジウム「世界文学はこうしてつくられる」

出席者:トム・マシュラー氏、ジェイ・ルービン氏、柴田元幸氏  

シンポジウム
左から、ジェイ・ルービン氏、柴田元幸氏、トム・マシュラー氏

柴田元幸(しばた・もとゆき)氏は、1954年、東京都の生まれです。東京大学大学院教授で、米文学者としてのみならず、現代アメリカ文学の翻訳者として活躍しておられます。評論『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、『生半可な学者』で講談社エッセイ賞を受けられました。

ジェイ・ルービン(Jey Rubin)氏は、1941年、ワシントンD.C.の生まれです。村上春樹の翻訳者として有名です。元ハーバード大学教授、専門は近代日本文学でした。「現代日本文学の翻訳・普及事業」(JLPP)において、“Rashomon and Seventeen Other Stories”(序文:村上春樹、Penguin Classics)を翻訳し、日本語版としては、ジェイ・ルービン編『芥川龍之介短編集』(2007年新潮社刊)として出版されています。ルービン氏は次にように語っています。

ルービン氏
ジェイ・ルービン氏

夏目漱石や芥川龍之介の本を翻訳してきたが、こちらからどんなにたずねても彼らからは答えが出ないので大変だ。その点、村上春樹とはいろいろとつきあっている。彼の本の中に、よくスパゲッティーをゆでる場面があるが、一度、家に招いてスパゲッティーをごちそうしたよしかし、ゆですぎて失敗してしまった。春樹には、スパゲッティーのゆで方について、軽蔑されているんだ。

芥川龍之介の「龍」を2006年にペンギンブックスから出した。芥川は、宗教観のあるものをいくつか出している。彼の作品を翻訳していく中で、翻訳者には2面性があることが分かった。「訳に対して透明でありたい、自分を消していこう」という部分と、「きらいなフィクション、情熱を持てないものは訳さない」ということだ。自分の仕事は、原作の解釈だと思っている。翻訳は、一つの創作である。原作を解釈しながら、自分のイメージに忠実に訳す。言ってみれば、読者も一種の翻訳をしているのである。

 

質疑・応答:

シンポジウムの後、会場からはたくさんの質問の手が上がりました。

質問:

村上春樹の作品で、何を感じるますか?

ルービン氏:

「頭脳」と「記憶」ということばが浮かんできます。人間の深い精神面を扱うのためには、宗教に訴える必要がありますが、村上春樹の場合、人間の人生の意味を頭脳の中に入れて表現していて、宗教の中に見ることはありません。「神」ということばが出てくるのは一冊だけで、『神の子どもたちはおどる』ですね。彼の本が読まれるのは、人間の深い面を宗教抜きで語っているからだと思います。そこが、世界の人に受け入れられているのではないでしょうか。

マシュー氏:

村上春樹については、自己表現、明確な文章、ウィットに富んでいるということを感じます。村上に、なぜノーベル文学賞を上げないのか……とまでは言いませんが、可能性としては、彼も取る可能性があるでしょう。読んでいて楽しいです。

質問:

「翻訳も芸術の一種」と言われましたが、演奏するイメージと重なります。そのとき、コンダクター的ですか、それとも演奏家的ですか?

ルービン氏:

演奏家に近いと思います。解釈しながら、自分の楽器で演奏している感じです。楽器でいえば、ピアニストが多いのではないでしょうか。一人でしているから。 村上春樹の作品で一番好きなのは短編で『象の消滅』です。最初に読んだ彼の作品は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でした。彼は短編のほうがいいと思います。

質問:

翻訳した本が売れるかどうか気になると思いますが、読者の反応は気にしますか?

マシュラー氏:

読者の反応は気にしません。自分の反応だけでいきます。読者がついてこないときもあります。

質問:

これからの文学の出版について、どのように思っていますか?

ルービン氏:

今までの30年と変わらないだろうと思います。

マシュラー氏 マシュラー氏

質問:

ネットで著者を発見していくことについてはどう思いますか?

マシュラー氏:

可能性があればあるでしょう。「神のみぞ知る」です。

質問:

映画監督になりたかったということですが、好きな監督は?

マシュラー氏:

フェリーニが好きです。アーティストの監督が好きで、チャップリンも大好きです。映画界に残っていたら……ということですが、才能がなかったと思います。監督というのは、何年もかかって、やっと映画が撮れるようになります。そして映画製作にはお金がかかります。

質問:

まず、作家を好きになるのですか、それとも作品を好きになるのですか?

マシュラー氏:

その作品に熱意が持てれば、作家も好きになるようになります。でも、作品を気に入っても、まったく好きになれない人もいます。(笑)


会場はマシュラー氏の気さくな人柄と、シンポジストがお互いに親しい間柄なのでとても和やかな雰囲気となり、笑いのたえない会場となりました。

日本の作品がたくさん翻訳されています。ルービン氏のような方々によって、紹介されていたのかと思うと、日本の作家にほれ込んでくださっている姿をうれしく感じます。そういう思いで、この作品を見ていたのかと、今までとは違った視点が開かれる思いでした。日本の文学、作家が海外でどのように見られているのか、興味深い分野です。

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