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どうしてシスターに?

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シスター マリア・マグダレナ 筏津敦子

わたしについて来なさい

シスター筏津


わたしはある日、仲間たちとキャンプに行きました。その中の一人がクリスチャンでした。遊びに来ていても、朝晩十字架の前で祈っている姿にわたしは心を打たれました。この人によって、教会に導かれました。友人に勧められ、求道者の時から「JOC」の集会にオブザーバとして週一回参加しました。そこで、聖書を見る、判断する、実行するという方法を学びました。またカトリック要理を学び、20歳で洗礼を受けました。

しかし、わたしの育った環境は、カトリックとは縁のないものでした。父は、終戦の一年前に戦死し、父親のいない悲しみの中で育ちました。しかし、母はどんなに疲れていても、毎日、朝晩欠かすことなく仏壇の前で祈っていました。このような環境の中で、シスターになるなど考えてもいませんでした。わたしのような者が、修道院の敷居を跨ぐなどもってのほかと思っていました。そんな時、先輩たちが次つぎと修道院に入りました。それをみて「うーん、そういう生き方もあるのね、わたしも入れるかな」と考えるようになりました。

ある日JOCの集会で次のような聖書の箇所を読みました。「イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。2人はすぐに網を捨てて従った。」(マタイ4.19~20)「わたしについて来なさい」と言うところで、感動の涙が流れ止めることが出来ませんでした。わたしもペトロのように、神様に捕まえられてしまいました。

その後、熱心な友だちに誘われて、大阪の聖パウロ女子修道会の黙想会に参加しました。この会の精神に魅力を感じ、ここで主がわたしを招いてくださっていると確信しました。入会が決定すると、母は猛烈に反対し勘当すると言いました。兄弟姉妹の結婚に差し支えると言うのです。勘当されても入会すると心に決めていましたが、兄弟の結婚に差し支えると言われた時はとても辛く感じました。

今も同じと思いますが、その当時も世の中には、いろいろの苦しみ悲しみをかかえ生きている人がたくさんいました。わたしは小さい者ですが、神さまの道具となって、神さまと人々のために働きたい。神さまに一生をささげたいとの一心で聖パウロ女子修道会に入会しました。そして今、恵みと感謝のうちに奉献生活をおくっています。


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