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シスター三木の創作童話

寒椿

おゆき

 おお降っている。はやいものだ、あれからもう1年たってしまった。ああ、あれはきのうのことのように思い出される。そうだ、寒椿が咲いていたなあ。

 それは、2月もなかば過ぎた日のことだった。その日は朝から小雪がちらついていた。街道筋の鉄じいさんの茶店へ6、7歳くらいの女の子をつれた若い母親が立ち寄った。その母子は赤い椿の花柄の着物を着ていた。女の子のふさふさした前髪の下にのぞくつぶらなひとみが印象的だった。雪のように色白のかわいい子だった。

 「あのもし、じいさま、ちょっとこの子を見ていてくださいませんか。この2町ほど前の店で忘れものをしてまいりました。いそいでとりにいってまいります。おゆき、ここで待っておいでね」

 母親は、たいそういそいでいるらしく、鉄じいさんの返事も待たずに小走りに雪の中に走り去ってしまった。

 「おゆきちゃんっていったな、いくつだ」鉄じいさんは女の子の頭をなでた。ふさふさしたその黒髪は、心なしかさすように冷たかった。

 鉄じいさんは、その時のたなごころの感触を思い出したかのように節くれだった手を広げてみた。

 この時から、おゆきは鉄じいさんの家の子になった。あの時の母親はもどって来なかったのだ。けれど、おかしなことにおゆきは泣かなかったし、また母親のことを口にもしなかった。鉄じいは、そんなおゆきを見て、青白い顔と同じく情も薄いのかといぶかしく思うのだった。小さな女の子だけにぶきみでさえあった。

 それから3年の月日がたった。おゆきが着てきた椿の着物は、肩揚げも腰揚げも下ろした。それでももう短くて着られなくなっていた。10歳にもなったおゆきは、年よりも大人びて見え、美しい女の子になっていた。おゆきはよく働いた。赤いたすきに赤い前だれをつけたおゆきが店にいると、旅の人もつい足をとめてしまうらしく、鉄じいの茶店は3年前よりずっと繁盛し暮らしも楽になっていた。

 鉄じいは、おゆきに母親のことを思い出させてはかわいそうだと思い、できるだけそのことにふれないようにしていたのだが、おゆきがあまりにも母親のことを口にしないので、次第にわけのわからぬ妙な腹立たしさを覚えるようになっていた。

 「のう、おゆき、おまえ、おっかさんにあいたくないのか」とつい、鉄じいは、いじわるく聞いてみた。
 「おっかさん……。ええ、おっかさんは白い郷にいます」おゆきはこともなげにこたえた。
 「ええ、いまなんと言った。白い……」おゆきには、鉄じいの声が聞こえなかったのか、店の方へいってしまった。
 「どこといってちっとも悪いことはない。いい子なんじゃが……冷めたい。冷めたい」  鉄じいは、そうつぶやくと火ばちの中に火ばしをぐっとつきさして座を立った。

 

 そして、あのことが起こったのだ。
 夕方からふぶきはじめた雪はますますひどくなった。その日のおゆきは、何ものかにつかれてでもいるかのように落ちつかなかった。そして、押し入れを引っかきまわして、あの短くなってしまった椿の着物を見つけ出すと頭から被った。
 「おゆき、何をしとる。どこへいくのだ」
 おゆきは返事をしなかった。
 「じいさま、ありがとうございました」
 「おゆき!」
 鉄じいは絶叫し、腕は宙を泳いでよろめいた。しかし、おゆきの姿はもうそこになかった。開け放たれた戸口から、舞い込む吹雪とともに、赤い寒椿が一輪舞い落ちた。

 「あれは、雪の精、いや椿の精、そうじゃ、あれはあの子の母親が呼んだんじゃ、母親に呼ばれていったんじゃ」
 鉄じいさんは、放心したように雪空を見上げていた。


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