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シスター三木の創作童話

沼娘の涙 コケサンゴ

「沼娘の涙 コケサンゴ」の絵

ここは、山の中腹の高原にあるたった一軒の花屋。丸太づくりの小屋に、もう百歳を超えたように見えるおじいさんが一人、店の番をしていました。この花屋では、一種類の花しか売っていません。それは、コケサンゴという花、花というより実といった方がいいのかもしれません。みどり色の小さな葉の間に、びっしりと小さな朱色のサンゴのような玉がついています。それはちょうど、燃えて輝く太陽が地に落ちて小さな玉になったようなそんな感じでした。

「おじいさん、めずらしい花ですね。これがコケサンゴっていうんですか」
山から下りてきたばかりの日焼けした青年がいいました。
「ああ、そうです。この花には、悲しい物語がありますのじゃ」
「ええっ、悲しい物語ですって。おじいさん、それ、聞かせてください」
「あなたは、この花を見て何を思い出されますかのう」
「そうですね。ああ、ぼくには沼の妖精、ものしずかな美しい娘さんのねがいのようなものを感じます」
「ほう、やはり。お若い方は鋭い感覚をおもちじゃ」

二人は、小屋の窓辺にある木のいすに腰を下ろしました。おじいさんは、ぽつり、ぽつりと話しはじめました。
それは、こういう物語でした。

むかし、この高原の奥におおきな沼があって、この沼に全身コケでおおわれたように青白い沼男が住んでいました。この沼男には娘が一人いました。道に迷ってこの沼に入りこんだ村の娘と沼男が愛しあうようになり、やがて生まれた子がこの娘だったのです。母親は、娘を生むとすぐ死にました。沼男は、見かけこそ気味の悪い様子をしていましたが、やさしい、きよい心の持ち主でした。けれど、この沼男の外見からは、そのやさしい心が読みとれませんでした。それで、この山に住む人たちは、この沼男をおそれ、村の娘を誘拐したと思いこみ、復しゅうしようと待ちかまえていたのです。

そんなある日のこと、一人の若者が、道に迷ってこの沼地に入ってしまいました。そして、美しく成長した沼男の娘に出会ったのでした。若者は、こんなに美しい娘さんを、このしめっぽい沼地からつれ出したいものだと思いました。若者は、娘が好きになってしまったのです。やさしい沼男の娘もまた、やさしい心の持ち主でしたから、村人から誤解されている父親を置いてこの沼地を出て行く気にはなれません。娘は、若者のさそいをきっぱりと断りました。若者は、この沼男さえいなければ娘は、この自分についてきてくれるにちがいないのにと、沼男をにくみました。それを知った沼男は、娘のしあわせのためにと、いずこともなく姿を消してしまったのです。娘は、若者を心から愛していました。けれど、それ以上に、このかわいそうな父親を愛していたのです。そこで娘は若者にいいました。

「あなたには、もっとふさわしいお方が見つかりますわ。でも、父は、わたしが愛してあげなければ、他にこの世でだれも父を愛してくれる人はいないのです。わたしは、父を捜しにまいります。もう、わたしを捜さないでください。わたしは、沼娘です。わたしは、この沼で生きて行きます!」

そういうと、娘は沼の奥深く走り去って行きました。若者は、娘のあとを追いかけようとしましたが、娘が走り去った道一面に、このコケサンゴがむらがり咲いて、若者の足を止めてしまったというのです。
「このコケサンゴはのう、沼娘の涙なのじゃ、愛の心なのじゃ、あなたも、このコケサンゴをかわいがって育ててくだされや」

青年は、そういって話し終えたおじいさんを見て、その若者とは、このおじいさんのことではなかったかと、そんな気がしてきたのでした。


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