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シスター三木の創作童話

たんぽぽさん

いちょう

 それは、つめたい灰色の日のことでした。
 雨と風に打たれてぬれたいちょうの落ち葉が、アスファルトの道にも、家のかべにも、石の上にもくっついて黄色いまだらもようを描いていました。いちょうの落ち葉たちは、口ぐちにさむい、さむいと文句をいっていました。

 そんなつぶやきの中で、一枚のいちょうの葉が声を出しました。
 「ねえ、みんな。楽しかった時のことを考えようよ。ねえ、ぼくたちが旅に出かけた朝のことさ。風さんがむかえにきてくれたよね。そして、いろんなところにぼくたちを運んでくれたんだよね」
 「そうよ。でも、それはたいした旅じゃなかったわ。いちょうの木は、うそをいったのよ。『きみたちのこんどの旅はすばらしいよ。これからきみたちはいろんなものに生まれかわるんだよ』っていったわ。でも、そんなことうそよ。わたしたち、ぬれて道にくっついてしまったんですもの、ふまれるだけよ」
 「うん、そうだったね。いちょうの木はそういったよね。でも、まだこれからだっていいことがあるかもしれないよ。ぼくたち、まだ旅に出たばっかりだもの」

 いちょうの落ち葉たちが、少しずつかさこそと動きはじめました。
 「ああ、また風さんが来てくれた。ぼくたちまた旅に出ることができるんだよ」
 灰色の空が割れて太陽が顔を出しました。青い空も顔を出しました。いちょうの落ち葉たちは、なつかしくなってさわぎはじめました。四階建てのビルよりも大きいいちょうの木の枝の上で目がさめて、小さな黄みどりの点から、いまのいちょうの葉の形になるまで、いつもこの太陽と青い空の下で暮らしてきたのです。

 「さあ、また出発だ。用意して」
 青い空のはるか向こうから太陽が光のサインを送りました。風さんが、乾きはじめたいちょうの葉をすくいあげました。いちょうの落ち葉たちは、くるくるまわっていっしょに吹きあげられていきました。そして、こんど落ちたところは、黒ぐろとした土の上でした。「あら、きれいないちょうの落ち葉よ。押し花にしましょう」

 とおりがかりの女の子たちが、きれいな形の落ち葉を選んで、白いハンカチの中にそっとはさんでいきました。きれいな形の落ち葉はまた、旅立っていきました。拾われなかった落ち葉たちは、土の上に残りました。
「ぼくたち、もうこれで終わりだね。もうだれも拾ってくれないよ。ぼく、こんなに破れちゃったもの」

 そのときでした。
 「ありがとう、いちょうの落ち葉さん。おかげでわたしたち、あたたかくなったわ」
 土の中から小さな声がしてきました。

 「わたしたち、花の種なの。春になったら土の上に出られるのよ」
 「そうか。きみたち、春になったら土の上で目をさますんだね。いいなあー、ぼくたちは土になるんだよ。でもいいよ、きみたちがすてきな芽を出せるように守ってあげるよ。ぼくたちのぶんもきれいに咲いてね、ああ、ぼく、もうねむい……」
 いちょうの落ち葉たちは、みんな静かになりました。そしてその上にまた雨が降り、雪が降って落ち葉たちは土の中に入っていきました。

たんぽぽを摘もうとする女の子

 「まあ、きれいなたんぽぽよ。わたしこれで花束をつくるわ」
 女の子の手が細いたんぽぽの茎にふれました。

帽子を追いかける女の子とたんぽぽ

 たんぽぽは、力いっぱい叫びました。
 「風さんきて! たすけて! わたし、今つみとられたくないの」
 風はすぐ飛んできました。そして、女の子がかぶっていた帽子を吹き飛ばしたのです。
 「ああ、いや! 帽子がとんじゃう」
 女の子は、風に飛ばされた帽子を追っかけて走っていきました。

 「風さんありがとう。わたしの花の色、いちょうの落ち葉さんからいただいたのよ。だから、いちょうの落ち葉さんのぶんも咲いていたいの」
 まっ黄色のたんぽぽは、太陽に向かってまっすぐに花の頭をあげました。黄色いいちょうの落ち葉は、たんぽぽの花の中に生まれかわっていたのでした。


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