マルチノさんとお山のくまさん

マルチノさんとお山のくまさん


竹かごいっぱいの山ぶどうとマルチノさん

 マルチノさんは、北の国の大きな修道院の修道士さんです。ころころとふとっていて、お腹に大きなお山があります。いつもお風呂からあがったばかり、というような白い顔に赤いほっぺた、きれいなつるつるの顔をしています。マルチノさんは、この大修道院の受付係です。

 この修道院にはたくさんの人が、泊まりがけでやってきます。心にいろんな苦しみがある人、なんだか気持ちがすっきりしない人、しずかなところでお祈りしたい人、ここで本を書こうと思ってくる人など、みんなそれぞれに、いろんな考えをもってやってくるのです。

 マルチノさんは、ふしぎな人です。はじめてあった人でも、このマルチノさんにあうと前から知っていた人だったような気持ちになって、心が、ぱっと、あかるくなるのを感じるのです。そして、ここに来てよかったと、心からそう思うようになるのです。マルチノさんは、別に、特別のことは何もしませんし、話もしません。
“ほんとに、よくきたね”って、そんな感じでお客さまを迎えてくれるのです。そして、
「あら、そうだったの」
「そうねー」
 と話にあいづちを家ながら、よく、笑います。マルチノさんは“ほ”と“は”の間の発音で笑うのです。

マルチノさんとくまさん


 ある日のことです。マルチノさんは、広い広い大修道院の裏山に木の実をとりにいきました。ひまをみつけて、山ぶどうのジャムをつくろうと思ったのです。お山には、山ぶどうがたくさん濃いむらさきの実をつけていました。マルチノさんは、両腕の竹かごいっぱいに、山ぶどうをつみました。

 マルチノさんが“さて、かえりましょう”と竹かごを持ちあげたときでした。
 熊笹のしげみの中から、大きな黒い毛むくじゃらの顔がのぞいたのです。“熊”です。びっくりしたマルチノさんは、木にぶつかって、尻もちをついてしまいました。
「神さま、たすけて!」
「マリアさま、マリアさま!」

 マルチノさんは、口をぱくぱくさせて、十字架のしるしを何回もしました。ところが、熊も、のっしのっしと出てきて、十字架のしるしをしたのです。それは、冬眠前の熊にとって、食前の祈りだったのです。まるまるとふとったマルチノさんは、おいしいごちそうに見えたにちがいありません。ところが、マルチノさんは、すっかり安心してしまいました。そして、こういったのです。 「あら、あんた、クリスチャンだったの! そうだったの、そう、兄弟だったのね、知らなかったよ」って。
 そして、
「お腹が空いてるみたいね。ほら、山ぶどうがあるよ。たくさんおあがり。冬ごもりの前には、たくさん食べるんだろう。ほら、えんりょしないで、おあがりよ」

 熊は、山ぶどうを、がつがつ、食べています。
「そんなにあわてて食べたら、胃をこわすよ。落ちついて食べなさい」

 マルチノさんも、山ぶどうを食べています。口から出した、山ぶどうの皮は、ぽいぽいとしげみにすてています。
「こうしておくとね、また来年、新しい実がなるからね」
 熊は、マルチノさんがくれた山ぶどうを全部食べてしまいました。そして、赤い舌を出して、ペロリと舌なめずりをすると、大きなからだをゆすって、熊笹の中に入っていこうとしました。マルチノさんはいいます。
「あら、だめでしょう。ちゃんと食後の祈りをしなけりゃ。神さまに、お恵みを感謝しなくちゃね」  熊は何とも答えないで、かえっていきました。

 マルチノさんは、空っぽの竹かごを手に、山を降っていきました。大修道院では、もうとっくに、お祈りがはじまっていました。神父さんたちは、マルチノ修道士さんの姿が見えないので、“変だな”と思っていたところに、マルチノさんが、泥だらけの修道服で入ってくるのに気づきました。

 「こんなにおそくまで、どこにいってたんだ」って聞きたいけれど、お祈りの途中です。歌を止(や)めて聞くわけにいきません。みんなで、じろり、と見ただけでした。マルチノさんは席につくと、お腹のお山の上に手を組んで、深い深い祈りに入りました。そして“スヤ、スヤ”と、いいだしました。熊と出会ったマルチノさんは、びっくりしたのとこわかったのとで、すっかりくたびれてしまっていたのです。お祈りは、どんどん進んでいきます。ねむっているマルチノさんのかわりにマルチノさんの天使が、お祈りをしてあげていました。


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