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教会カレンダー

B年 待降節第2主日

第1朗読 イザヤ書 40章1~5、9~11節

第2朗読 ペトロの手紙二 3章8~14節

福音朗読 マルコによる福音書 1章1~8節

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今日の典礼のテーマは、主の道を整えることです。

待降節第1主日では、終末の時に来られるキリストを記念して、救い主を待ち望む思いを新たにしました。

待降節第2、第3週は、救い主を長い間待ち望んだ旧約時代(キリスト誕生以前の時代)をあわせて思い起こし、それにあやかろうとします。そこで、キリストを直接準備した旧約最後の人物として洗礼者ヨハネが登場します。

荒野のかなたから、「主の道を整えよ」と回心を呼びかける洗礼者ヨハネの声が荒れ野から響いてきます。荒れ野は、神が民に語りかける場と言われます。さて、今日の荒れ野とはどこなのでしょうか。そして、あなたの荒れ野とは?

救い主の誕生が間近なので、そのために準備を促しています。

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第1朗読は、「第2イザヤ書」(40~55章)の冒頭の言葉です。この書は、「慰めの書」とも呼ばれています。

紀元前587年にエルサレムは陥落し、イスラエルの主立った民はバビロンに流されました。キュロスがギリシアの町々を征服し、小アジア一帯を配下に治めました。キュロスは、バビロンに進軍し、無血入城し、古代アカイネス王朝の祖となります。この王は、寛大な政策をほどこし、バビロン捕囚(ほしゅう)の帰還を許可しました。

こうして、イスラエルの民も、紀元前538年に母国であるエルサレムへの帰還の途についたのです。

預言者イザヤは、キュロスの台頭に、いち早く「時のしるし」を読みとりました。彼は何をすべきかでなく、何がはじまっているかを読みとりました。今、歴史が動き出している、それこそ神の新しい創造と救いであると聞きます。

「慰めよ、私の民を慰めよ」、「エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ」との「呼びかける声」。
 あなたはこれをどう聞きますか?

なにか、とても力強い響きをもって心の中に入ってきませんか?
 ゆっくりと、時代背景やその当時の人々の心を、あなたの心にオーバーラップさせながら読んでみてはいかがですか。

今日、あなたが読みとる「時のしるし」とは、何でしょうか。「呼びかける声がある」、その声が聞き取れるように共に準備していきましょう。

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今日の第2朗読は、使徒の手紙から「ペトロの手紙2」が読まれます。この手紙が書かれたのは、使徒時代末期です。

このころはいろいろな偽教師が現れ、神の来臨を待ち望んだ捕囚の民のように、初代キリスト者はキリストの来臨を待ち望んでいました。そのような彼らは、キリストの再臨の遅れを問題にするようになりました。そこで、主のもとでの時間は人間の計る時とは違うこと、キリストの来臨の遅れについてを説明しながら、すべての人の回心を待っておられる神の忍耐について述べ、「聖なる信心深い生活」をするようにとこの手紙の著者は勧めています。

主と共にあり続けることこそ、まさにパウロの訴えている救いの完成なのです。

神の日の来るのを待ち望む待降節に、真にふさわしい朗読ではないでしょうか。

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福音書では、マルコによる福音書の冒頭が読まれます。マタイはイエス・キリストの系図、ルカは洗礼者ヨハネの誕生の記事ではじまります。マルコはイエスの生涯の記述の冒頭に、洗礼者ヨハネの宣教を記述しています。「イザヤの書に書かれている」とありますが、実際は、イザヤ書、マラキ書で預言者が述べていたことの成就とされています。

預言者エリアを思い起こさせる姿で現れた洗礼者ヨハネは、神と人々との出会い、人々に語る場である荒れ野で、公然と回心の洗礼の必要を説き、洗礼に導き、授け、その上自分よりも優れた方の到来、「聖霊」による洗礼を告げ知らせます。

この洗礼者ヨハネの活動は、イエスとの関係によって定義されています。ヨハネは回心の洗礼を授けるという行為と、来るべき方を予知する言葉によって、彼の宣教者としての使命を果たしています。

その使命とは、まさに「主の道を整える」ことなのです。

今日の福音書を聞いていると、「叫ぶ者の声がする」、「現れて」、「住民は皆、ヨハネのもとに来て」「罪を告白し」「洗礼を受けた」……など、とてもダイナミックな動きを感じませんか。

教会が典礼暦年のはじめの待降節に提示する、この信仰のダイナミズムに触れながら、そして、この信仰を自らのうちに根づかせながら、一人ひとりは、「主の道の先駆者」、主の道を整える者となっていくように、招かれているのではないでしょうか。

祈り

いつくしみ深い父である神よ、
  あなたは悩み苦しむ世界に救いの道を備えてくださいます。
  ここに集まるわたしたちが、心からあなたに立ち返り、
  キリストとともに歩むことができるよう、聖霊を豊かに注いでください。
                   (集会祈願より)
集会祈願より

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第1朗読 イザヤ書 40章1~5、9~11節

慰めよ、わたしの民を慰めよと
あなたたちの神は言われる。
エルサレムの心に語りかけ 彼女に呼びかけよ
苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と。
呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。
谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。
主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る。
主の口がこう宣言される。

高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな、ユダの町々に告げよ。
見よ、あなたたちの神
見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ、御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
主の働きの実りは御前を進む。
主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

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第2朗読 ペトロの手紙二 3章8~14節

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。
主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。
ある人たちは、遅いと考えているようですが、
主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。
そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、
あなたがたのために忍耐しておられるのです。

主の日は盗人のようにやって来ます。
その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、
自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、
地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。

このように、すべてのものは滅び去るのですから、
あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。
神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。
その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。

しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、
神の約束に従って待ち望んでいるのです。

だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、
平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。

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福音朗読 マルコによる福音書 1章1~8節

神の子イエス・キリストの福音の初め。
預言者イザヤの書にこう書いてある。

「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
あなたの道を準備させよう。
荒れ野で叫ぶ者の声がする。
『主の道を整え、
その道筋をまっすぐにせよ。』」

そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、
罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、
ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。

彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。
わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。
わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

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