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教会カレンダー

C年 年間第17主日

第1朗読 創世記 18章20~32節

第2朗読 コロサイの信徒への手紙 2章12~14節

福音朗読 ルカによる福音書 11章1~13節


主の祈りの教会

今日の典礼の中心テーマは「祈り」です。

聖書には、さまざまな祈りがあります。賛美の祈り、感謝の祈り、とりなしの祈り、嘆きの祈りなどです。
 祈る人は、神への深い信頼を抱きつつ、切実に祈っています。

今日朗読される旧約と福音の中には、人々の救いを求めるアブラハムと、真夜中に友人を訪ねてパンを請い願う人が登場します。両方とも忍耐深く、あきらめずに、しつこいと思えるほどに請い願うことを教えています。

毎日祈っている人でも、今日は特別の心をこめて祈ることにいたしましょう。

* * * * * *

第1朗読は、先週に続いて創世記から読まれます。神は、罪の町ソドムとゴモラを滅ぼすかどうかを決定する旅の目的をアブラハムに語ります。
 アブラハムは、「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか」との重大な問いかけを神の前にします。

アブラハムは、甥のロトが住んでいるためもあって、ソドムとゴモラのため、その町を滅ぼさないように祈ります。しかも、アブラハムのしつこいまでのとりなしの祈りが述べられています。

ソドムとゴモラは、現在死海南部に沈んでいると考えられている古代パレスチナの都市です。

「塵(ちり)あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます」と、アブラハムは人々のため、続けて、しかも執ように祈っています。
 さらに、町全体のためにも、同じように祈っています。

アブラハムの言い分は、神に認められました。アブラハムの執ようなまでの祈りは、次々と聞き届けられたことを聖書は伝えています。

アブラハムは、神のゆるしを呼んだのです。
 私たちは、神とアブラハムとのやりとりを十分に味わうときに、祈りとは……がわかるように思えます。あなたにはどうですか。

* * * * * *

第2朗読は、先週に続いてコロサイの信徒への手紙が読まれます。この手紙はパウロが獄中から書いたものです。

パウロは、救われるためには割礼が必要であると、ユダヤ人以外のキリスト者に向かって主張する人々に対し、洗礼を受けた人々には割礼の必要のないこと、キリストの十字架がキリスト者のいのちの源泉であることを述べます。

パウロは、キリストの十字架による罪のゆるしを説き、洗礼はその死と復活の秘義にあずかることであると述べます。

洗礼によってキリスト者は「キリストと共に葬られ」、「キリストと共に復活させられた」、キリストと共に生きるいのちへ移されたこの中で、いのちとゆるしをよく受け取れるように祈りましょう。

* * * * * *

福音書では、「わたしたちにも祈りを教えてください」との弟子たちの求めに応じて与えられた「主の祈り」の言葉と、祈る意味を弟子に語っています。求め、探し、たたく人に、神はそれ以上のことをしてくださらないはずはないと教えています。

人間の思いをはるかに超えるいつくしみ深い神は、祈る人を決してどんな苦難のうちにあっても見捨てることはない、という神への信頼の心に私たちを招いています。

「主の祈り」は、マタイとルカが伝えていますが、イエスから伝えられた最も大切な祈りであり、教会はこの「主の祈り」を、弟子たちの心を一つに結び、御父にささげられる祈りとして大切にしてきました。

75年頃にはすでに全教会で洗礼の信徒教育の一部として用いられていました。「感謝の祭儀」に主の祈りが取り入れられたのは、4世紀末です。

私たちは、典礼の中で「朝・晩の祈り」、「感謝の祭儀」に必ず「主の祈り」を唱えます。

「父よ」、と呼びかける言葉の中に、信じる人たちがキリストとともに生きる兄弟姉妹であることが、はっきりしめされます。

「祈ることを教えてください」、今日も弟子たちはそう言って祈ります。

今日は、主が教えてくださった「主の祈り」を、ゆっくりとかみしめながら祈ってみませんか。

主の祈りを解説している数多くの本がありますが、今回は、『キリストに出会う』『キリスト教の輪郭』をご紹介します。

祈り

いのちの源である神よ、
 主イエスはわたしたちに、
 あなたを父と呼ぶことを教えてくださいました。

 主のことばに従い、
 ともに祈るために集まったわたしたちを祝福し、
 聖霊の光りで満たしてください。
   集会祈願より

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第1朗読 創世記 18章20~32節

主は言われた。「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、
と訴える叫びが実に大きい。

わたしは降って行き、
彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。」

その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、
アブラハムはなお、主の御前にいた。

アブラハムは進み出て言った。
「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。

あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、
その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。

正しい者を悪い者と一緒に殺し、
正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、
あなたがなさるはずはございません。
全くありえないことです。
全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか。」

主は言われた。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、
その者たちのために、町全部を赦そう。」

アブラハムは答えた。
「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます。

もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。
それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」
主は言われた。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」

アブラハムは重ねて言った。
「もしかすると、四十人しかいないかもしれません。」
主は言われた。「その四十人のためにわたしはそれをしない。」

アブラハムは言った。
「主よ、どうかお怒りにならずに、もう少し言わせてください。
もしかすると、そこには三十人しかいないかもしれません。」
主は言われた。「もし三十人いるならわたしはそれをしない。」

アブラハムは言った。「あえて、わが主に申し上げます。
もしかすると、二十人しかいないかもしれません。」
主は言われた。「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。」

アブラハムは言った。
「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。
もしかすると、十人しかいないかもしれません。」
主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」

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第2朗読 コロサイの信徒への手紙 2章12~14節

洗礼によって、キリストと共に葬られ、
また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、
キリストと共に復活させられたのです。

肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、
神はキリストと共に生かしてくださったのです。
神は、わたしたちの一切の罪を赦し、

規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、
これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。

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福音朗読 ルカによる福音書 11章1~13節

イエスはある所で祈っておられた。
祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、
「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、
わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。

そこで、イエスは言われた。
「祈るときには、こう言いなさい。
『父よ、御名が崇められますように。
御国が来ますように。

わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。

わたしたちの罪を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。
わたしたちを誘惑に遭わせないでください。』」

また、弟子たちに言われた。
「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、
真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。
『友よ、パンを三つ貸してください。

旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、
何も出すものがないのです。』

すると、その人は家の中から答えるにちがいない。
『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、
子供たちはわたしのそばで寝ています。
起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』

しかし、言っておく。
その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、
しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。

そこで、わたしは言っておく。
求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる
。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、
門をたたく者には開かれる。

あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、
魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。

また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。

このように、あなたがたは悪い者でありながらも、
自分の子供には良い物を与えることを知っている。
まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

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