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教会カレンダー

灰の水曜日

第1朗読 ヨエル書 2章12~18節

第2朗読 コリントの信徒への手紙二 5章20~6章2節

福音朗読 マタイによる福音書 6章1~6、16~18節

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「今こそ、心からわたしに立ち帰れ
断食し、泣き悲しんで。
衣を裂くのではなく、
お前たちの心を引き裂け。」
         (ヨエルの預言書2.13)

典礼は、灰の水曜日から四旬節に入ります。

イエスが宣教生活に入られる前に砂漠で40日間断食をされたことにならい、教会生活の伝統では断食、節制が行われてきました。

ラテン語のクワドラジェジマ(Quadragesima:四旬節)の40という日数の象徴的原型は、まさにこのイエスの40日の体験にあるのです。40という数は、旧約の時代からすでに象徴的な意味をもっていましたが、キリスト者はキリストの断食と祈りに倣いたいという思いから自然にキリスト者の中におこってきたものです。

キリスト教国でない日本では、四旬節のはじめである灰の水曜日と主の受難(聖金曜日)を、大斎(たいさい)・小斎(しょうさい)の日と定めています。
 大斎や小斎は、自分の心を神や人々にささげることのしるしです。四旬節にはことにその精神で生きたいものです。

灰の水曜日ではじまる四旬節の40日間(日曜日は数えない)は、1年の典礼の頂点である復活祭を目指しての準備期間です。  四旬節は、
* 洗礼の準備
* 回心と罪の償い
 という性格をもっています。

教会は3世紀ごろから四旬節を洗礼準備の季節としてきました。この期間、洗礼志願者だけでなく、全教会の信徒たちが志願者たちのために祈り、また自分たちの洗礼の時を思い起こし、洗礼の約束を更新する準備をします。

教会は、この期間を、なによりも主イエスの受難と死を思い起こし、救いの「時」の中心に向かって、回心と償いの期間として過ごします。

この期間に、教会は、私たちの心が本当にどこに向かっているのかを問いかけ、自己中心から神と人々に向かう「心の転換」(回心)を呼びかけています。

今日行われる「灰の式」は、「土から出て土に帰っていく私たちが、四旬節の努めに励み、罪のゆるしを受けて新しいいのちを得、復活されたおん子の姿にあやかることができるように」願って、昨年枝の主日に祝福していただいた、棕櫚(しゅろ)やオリーブの枝を燃やした灰を司祭は一人ひとりの額にかける式も行われます。

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灰の式:司祭は、聖水をかけて灰を祝福し、「あなたはちりであり、ちりに帰って 行くのです」と唱えながら、灰で額に十字の印をします。

灰をうけた私たちは自分に頼るのではなく、回心を呼びかけておられる神に信頼して生きることができるように嘆願します。

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第1朗読 ヨエル書 2章12~18節

主は言われる。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ
断食し、泣き悲しんで。

衣を裂くのではなく
お前たちの心を引き裂け。」あなたたちの神、主に立ち帰れ。主は恵みに満ち、憐れみ深く
忍耐強く、慈しみに富み
くだした災いを悔いられるからだ。

あるいは、主が思い直され
その後に祝福を残し
あなたたちの神、主にささげる穀物とぶどう酒を
残してくださるかもしれない。

シオンで角笛を吹き
断食を布告し、聖会を召集せよ。

民を呼び集め、会衆を聖別し
長老を集合させよ。幼子、乳飲み子を呼び集め
花婿を控えの間から
花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。

祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き
主に仕える者は言うがよい。「主よ、あなたの民を憐れんでください。あなたの嗣業である民を恥に落とさず
国々の嘲りの種としないでください。『彼らの神はどこにいるのか』と
なぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」

そのとき
主は御自分の国を強く愛し
その民を深く憐れまれた。

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第2朗読 コリントの信徒への手紙二 5章20~6章2節

ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、
わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。
キリストに代わってお願いします。
神と和解させていただきなさい。

罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。
わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。

わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。
神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。
なぜなら、
「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言っておられるからです。
今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

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福音朗読 マタイによる福音書 6章1~6、16~18節

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。
さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
だから、あなたは施しをするときには、
偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、
自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。
はっきりあなたがたに言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。
あなたの施しを人目につかせないためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」

「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。
偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。
はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。

だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。
偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。
はっきり言っておく。
彼らは既に報いを受けている。

あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。
それは、あなたの断食が人に気づかれず、
隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。
そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

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