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教会カレンダー

C年 年間第8主日

第1朗読 シラ書 27章4~7節

第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章54~58節

福音朗読 ルカによる福音書 6章39~45節

今日のテーマは、入祭唱の「神はわたしを支えてくださる。わたしを心にとめて救い出し、自由の地に導いてくださる」と、集会祈願の「イエスは、言葉と行いによって、永遠の道を示してくださいました」の中に集約されています。

わたしたちは、キリストへの信仰に堅くとどまることが、どれほど難しいことかを知っています。日々の生活の試練の中で、「朽ちるべきものが朽ちないもの」への移行へと生きていきます。それは実によって知られることになります。
今日の朗読は、知恵ある勧告をわたしたちにしてくれています。

「樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、心の思いは話を聞けばわかる」
「言葉こそ人を判断する試金石」

良い実を結ぶ木、良き道案内になるにはを示す今日の典礼を、ゆっくり味わいながら、すぐ訪れる四旬節への心の準備をしていきましょう。

* * * * * *

第1朗読は、シラ書から読まれます。

この書をラテン語訳は「集会の書」と呼んでいるように、集会で朗読される修徳書とみられ、時代を超えて尊重されてきました。著者シラは、伝統的な宗教心の衰退に危機感をもち、信仰にとどまるようにという心でこの書を記したと言われています。

今日の朗読は、「言葉と心の思い」というタイトルがつけられています。
今日の第1朗読を、福音書の視点、つまり、キリストの弟子、証人、良き実を結ぶ良い木であるように、などのイエスの視点から読むと、この書は非常に大切です。シラ書は、どのように人々に知られるかを述べます。人は自ら実行し、自ら身に付けたことを語らないなら、決して効果的に人には伝わらないと言います。

「人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
人間は論議によって試される。
心の思いは話を聞けばわかる
言葉こそ人を判断する試金石であるからだ」などです。

シラ書の著者といわれるシラは、学び舎を持つほどに人々を引きつけたと言われています。
自分の言葉が自分の心もち、心の状態を示すことを語る今日の勧告は貴重なものです。
わたしが語る言葉は、何を示すものかを振り返り、「キリストの心に少しでも近づくことができるよう」祈りましょう。

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第2朗読は、聖パウロのコリントの信徒への手紙一が読まれます。 良い実を結ぶ良い木、良き道案内をする人になるにはどうしたらいいかを、聖パウロは教えてくれます。

聖パウロの叫び 「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」は、わたしたちにも力強く響いてきませんか。
「わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。」

変化の激しいこの時代に、信仰が脅かされる試練の中で生きる今こそ、聖パウロの勧め、「動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば、自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはず」を、思い起こしたいと思います。

わたしたちが、キリストへの確固たる信仰に生きることこそ、「良い実を結ぶ」木として成長させていただけるのでしょう。

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今日読まれる福音は、目の見えない人と案内人、弟子と師の関係、おが屑(くず)と材木、良い木と悪い木、茨といちじく、野ばらとぶどう、心の倉など多彩なイメージやテーマで織りなされています。
このような時には、今日の福音で読まれない前の部分(年間第7主日を参照)を思い起こすことや、共観福音書で同じテーマを語っている他の福音書と比べながら読んでいくことが勧められています。そうすることで、ルカ福音書のテーマが浮かび上がってきます。

今日の福音をキリストの弟子として、キリストの証し人として読み直すとひと味変わってきます。

人々をキリストに道案内する人は、目が見えない人であってはならない。そうでないと、「二人とも穴に落ち込む」から。
弟子は主の助けなしには人々を導くことも、一人歩きさえできません。
弟子がふさわしい弟子となるためには、「十分に修行を積む」必要があります。他の人のことはよく見えても、自分のことは見えないものであるので、自らをよく知っていく必要があるのです。
ここに用いられている言葉は、受動形が用いられていると言うことですので、神が行為の主体、神があなたにしてくださるということです。その働きに、わたしたちは心を開かなければなりません。受け入れなければなりません。
「良い実」は、「修行を積む」ことも大事ですが、神の働きかけの実りそのものなのです。
それらは、実によって実質がわかること。なるほどと思われませんか。

知恵の教師としてもぬきんでているイエスに、道案内をしていただきながら歩んでいくことにいたしましょう。

祈り

恵み豊かな神よ、
  ひとり子イエスは、
  ことばと行いによってし、
  永遠のいのちの道を示してくださいました。
  ここに集められた一人ひとりに聖霊を注いでください、
  きょう語られるみことばが、
  わたしたちを導く光となりますように。
   集会祈願より

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第1朗読 シラ書 27章4~7節

 ふるいを揺さぶると滓が残るように、
 人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。

 陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、
 人間は論議によって試される。

 樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、
 心の思いは話を聞けば分かる。

 話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。
 言葉こそ人を判断する試金石であるからだ

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第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章54~58節

 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、
 この死ぬべきものが死なないものを着るとき、
 次のように書かれている言葉が実現するのです。

 「死は勝利にのみ込まれた。
 死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
 死よ、お前のとげはどこにあるのか。」

 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
 わたしたちの主イエス・キリストによって
 わたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。

 わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、
 動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。

 主に結ばれているならば
 自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、
 あなたがたは知っているはずです。

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福音朗読 ルカによる福音書 6章39~45節

 イエスはまた、たとえを話された。
 「盲人が盲人の道案内をすることができようか。
 二人とも穴に落ち込みはしないか。

 弟子は師にまさるものではない。
 しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。

 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、
 なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

 自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、
 『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、
 どうして言えるだろうか。

 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
 そうすれば、はっきり見えるようになって、
 兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。」

 「悪い実を結ぶ良い木はなく、
 また、良い実を結ぶ悪い木はない。

 木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。
 茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。

 善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、
 悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。
 人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」

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