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第160回 道徳法


よいよ、今回から第3章に入ります。

私たち人間は、神のみ国で、神と共に永遠の幸福を生きるように神によって召されています。しかし、同時に、人間は、罪によって傷つけられているので、救いを必要としている存在でもあります。

神様の助けを必要としている存在です。この助けは、究極的には、キリストによってもたらされました。しかし、人間を導き、恵みによって人間を支えてくれる法を通して、キリストによって与えられるものなのです。

今回から、神の救いと密接な関係がある「法と恵み」についてご一緒に学んでまいりましょう。



第3章 神の救い:法と恵み


第1項 道徳法


まず、法とは何でしょうか。法とは、共通善に関する権限を持つ権威者によって公布された行動規範ということができます。

道徳法は、被造物の善のため、また、被造物がその目的に到達することができるように、創造主の力と英知と慈しみによって、被造物の間に打ち立てられた、合理的秩序を前提としています。ですから道徳法は、神の英知のわざ、ということができます。道徳法によって、父である神は、私たち一人ひとりに訓戒を与えてくださっているのです。それだけにとどまらず、神が私たちを教育するために用いておられる教育法だということもできます。

全ての人間に神が約束してくださった幸せに導くための行動規範を示すものです。ですから、道徳法を守ることは、神とその愛に背く悪の道に踏み込まないことにもなるのです。

この道徳法の命じていることは、厳しいものですが、その約束されていることは、慈しみ深いものです。

全ての法に秘められた基本的・究極な真理は、永遠の法に見いだすことができます。法は、全てのものの創造主であり、あがない主である生ける神の摂理に参与するものとして、理性によって明示、制定されたものです。ですから、法は「理性による秩序づけ」と言われています。

道徳法の表現形態はさまざまですが、全て関連し合っています。あらゆる法の源である永遠の法、自然法、旧約の立法、新約の福音の法を含む啓示された法、さらに、民法、教会法など、全てが関連し合っています。

道徳法の完成と統一は、キリストのうちに行われます。それは、イエス・キリストご自身こそが、完徳の道であり、法の目標だからです。

イエス・キリストだけが、私たちに、神の義を教え、与えることができる方です。

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