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新世紀ルーツへの巡礼

目次

3--3 聖パウロ女子修道会としてのスタート

ララオーナ枢機卿の言葉から

使徒の女王聖堂内正面

ララオーナ枢機卿(バチカンの修道会関係の責任者)は、マエストラ テクラ・メルロの葬儀に列席した際、使徒の元后の聖堂に集まった聖パウロの娘たちに向かって、次のように語りました。


あなたがたは知らないでしょう。どれほどの苦しみ、どれほどの働き、どれほどの祈りがあったかを!

今では あなたがたのために何でもそろっていますが、それは、ひとりでにできあがったものではありません。そこにはどんなに大きな苦労、働き、戦いがあったことでしょう。どんなに多くの犠牲、どんなに多くの信仰があったことでしょう。

ほんとうに、『希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じた』(ロマ 4.18)のです。それは、多くの子らの母となるためでした。

ひとつの修道会のはじめは、ほんとうになんともいえない美しいものです。

神はあなたがたの巣、あなたがたのゆりかご、あなたがたの家庭、つまり完徳と使徒職の環境である、あなたがたの修道会を準備されたとき、あなたがた一人ひとりのことを考えておられました。

プリマ・マエストラはこのすベての仕事において、修道会の父(アルべリオーネ神父)とともに主役を務め、アルべリオーネ神父の創立した他のすべての会にとっても、母のようです。

発展は徐々に行なわれ、心配、悲しみ、涙を伴う危機もありました。わたしは、このようなことの目撃者です。外的にそれと見せなくても、(そうでなければならなかったから)つねに深い関心をもってそれに感嘆し、それにあずかる目撃者でした。物事のはじめは、つねにはっきりしたものではありません。少しずつ明らかになります。神はいつもこのように行なわれます。

自然界においても、太陽は夜明けなしに上るのではなく、少しずつ昇ってゆきます。日の出の輝きがすぐ真昼の強さであったら、わたしたちの目は急に慣れることはできないでしょう……。

あなたがたのために、あれほどの献身と冒険にみたされていた人、み摂理の道具であった人の一生を、かいつまんでお話しするのは楽しいことです。

わたしは、プリマ・マエストラをよく覚えています。個人的には、あなたがたのプリマ・マエストラと接する機会をあまり持ちませんでしたが、彼女を覚えています。

その姿は、その人格をはっきり示していました。彼女においてすべては透明で明るく、なんの極端なところもありませんでした。


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