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どうしてシスターに?

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シスター パオラ・マリア 内野セツ

一枚のパンフレット

シスター内野


わたしは新制高校を卒業するとすぐに、イタリア人神父の日本語勉強の手伝いや食事の準備などをしながら、教会で働いていた。ある日、神父が一枚のパンフレットをわたしにくださった。そのパンフレットには子どもを背負った母親がシスターたちから本を紹介されている写真が載っていた。

ある朝、二人のシスターが教会に来て聖体拝領を願った。神父は留守だったので、助任神父がシスターたちの応対をしながら、せっかくいらしたので、朝食に招待した。わたしはドキドキしながら、朝食の準備をしたことを覚えている。幸いにこれがシスターたちと話す機会となった。彼女たちこそパンフレットで見た修道会のシスターたちだった。わたしは彼女たちに自分がシスターになりたいと思っていることを話し、入会の準備などについて尋ねた。

「いつ入会しますか?」ということになり、わたしは5月がマリア様の月だから、5月31日に家を出て、み心の月である6月1日に入会します、と答えた。

その夜、母に修道院に入会したいこと、6月1日に福岡の修道院に入会する予定であることを打ち明けた。母は反対はしなかったが、その日から口をきかなくなってしまった。わたしが神父さまからいただいてくるわずかばかりの給料も母は受け取らなかったので、わたしはそのお金を、入会のための準備にあてた。

いよいよ5月31日が近づいたとき、神父はわたしを福岡の修道院まで送ってくださることになった。ところがこの日は、日曜日と重なったため、教会を留守にすることができず、出発は6月1日となった。母と伯母と隣のおばさんが駅まで見送りにきてくれた。父は早くからわたしが修道院に行くだろうことを予感していたらしく、わたしの修道院行きについては何も咎めることはなかった。

駅のホームで手をふっていた母たちの姿が見えなくなり、涙をふきながらふと窓の外を眺めたとき、畑は一面に麦の穂が実り、黄金色に輝いていた。刈り入れのときが近づいたのだ。「刈り入れのときが近づいている。刈り入れの主に働き人を送ってくださるように祈りなさい」との聖書の言葉が浮かんできた。今、こうして自分も神様の畑で働くために、修道院へ向かっているのだと思っているうちに、肉親との別れの辛さから修道院での新しい生活へと心が弾んでいった。


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