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教会カレンダー

A年 年間第3主日

第1朗読 イザヤ書 8章23b~9章3節

第2朗読 コリントの信徒への手紙1 1章10~13、17節

福音朗読 マタイによる福音書 4章12~23節

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ガリラヤ湖

今日の主日から、今年は主にマタイ福音書を中心にイエスの宣教活動が読まれていきます。そのはじまりとなった所はガリラヤです。残念ながらそこは今日イスラエルとパレスチナとの戦い、緊張の場になっています。

旧約聖書の預言や教えは、イエスのうちにその教えと業によって成就しました。これは、新約全体をとおして告げられていることですが、今年読まれるマタイに、一番よくあらわれています。今日の箇所にもみられますが、「~を通して言われていたことが実現するためであった」との表現が度々みられます。マタイには、旧約聖書からの引用が、マルコやルカの2倍もあります。

このように引用されている箇所をたどりながら、旧約聖書にもちかづき、そのコンテキストを読んでいくなら、この1年には、聖書の理解がいっそう深められていくことでしょう。あなたも試してみませんか。

そして、次の第3主日からは、3つの共観福音書の準継続朗読がはじまり、主の生涯と宣教が展開されるように組まれています。

この機会に、いろいろの方法で聖書に親しまれるといいと思います。   そのためには、こんな本が助けになるでしょう。
   ・聖書年表・聖書地図(和田幹男 著)
   ・旧約聖書のこころ(雨宮慧 著)
   ・続・旧約聖書のこころ(雨宮慧 著)
   ・キリストに出会う(百瀬文晃 著)

福音書をはじめ、聖書に出てくる地名、その背景などを心して読んでいくと、いろいろのことが見えてくるようです。

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ここでは、主のしもべが“一人称”で自分の受けた召命について語り、しもべが神から受けたイスラエルへの使命と、全世界への使命の託宣が述べられます。

主のしもべの使命とは、イスラエルを神のみもとに集め、諸国の民に、地の果てまで神の救いをもたらすことです。

「母の胎にあったわたしを 御自分の僕として形づくられた主」とあるように、主のしもべを選び、使命をお与えになる方は、神です。

今日の第1朗読を受けて祈る答唱詩編27は、実に召命を受けた人の神への応答の祈り、内面で体験している祈りです。今日はこの祈りをゆっくりと唱えることをお勧めいたします。

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今日の第1朗読は、主のご降誕の夜半のミサでも朗読されました。

「暗闇に住む民は大きな光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」とは、だれよりもキリストの光のこととして受け取れます。

ゼブルン、ナフタリとは、かつてのイスラエル部族の名で、その地はガリラヤ湖の西側にあります。紀元前733年前後にアッシリアの攻撃を受け、壊滅しました。アッシリアの支配下に置かれた北イスラエル、圧政のもとに苦しむ民にイザヤは、神が必ず救ってくださると預言します。

暗闇に脅かされた民、闇の中にいる民に、光とともに助け来られる、救いをもたらされるのは神ご自身です。

マタイにとっては、イエスがナザレとカファルナウムに登場されたこと、つまりゼブルン、ナフタリ地方(部族の名がその子孫の定住の地の名前となった)に登場して宣教を開始されたことは、イエスこそイザヤ預言者の述べる大きな光であり、イエスこそ暗闇の中にいた民の光であったのです。

神がお与えになる「深い喜びと 大きな楽しみ」、その保証のしるしが「ひとりのみどりごの誕生」なのです。

主の降誕祭を祝ってから約1カ月の今日、もう一度この事実を味わい直してはいかがでしょうか。

そのためにも、今日の答唱詩編27の信仰告白の賛美をゆっくり唱えるのをお勧めします。

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パウロは、コリントの教会が分裂に悩んでいることを聞き、心を痛めます。パウロは、コリントから受け取った知らせによってこの事実、問題を知り、伝えているキリストの名は、すべての人をひとつにさせるはずのものではなかったのか と言います。

「勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」

パウロは一致を勧めた後、「キリストの十字架」「言葉の知恵」を対比させています。「パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか」と、パウロは問いただしています。

パウロが宣教するのは、成し遂げられた神の行為、十字架の業であり、このキリストの十字架こそ“福音”として知らせるのが、彼の使命であるとパウロはいいます。

今日の主日から読んでいく手紙は、教会の分派争いをきっかけに、キリスト者としての生き方の大切な点があきらかにされていく箇所が読まれていきます。

このパウロの勧告は、私たちの教会にも向けられているものとして 読んでいくべきものです。

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今日読まれるマタイ福音書によるガリラヤでの宣教活動開始の場面は、イザヤ書の成就として、またイエスが洗礼者ヨハネの路線を継続するように、書かれています。今日読まれる箇所を他の福音書と比較してみるなら、マタイの意図するところが見えてきます。

マタイは、イザヤの預言を引用して、まさにイエスによって 神の国が到来したことを示します。

イエスは、40日間の荒れ野での悪魔の試みにうち勝った後、ガリラヤに帰ります。ガリラヤの地とは、異邦人にたびたび支配された地であり、イエスの時代には、再びイスラエルの地に編入され、異邦人の地ではなくなっていました。

とはいえ、ガリラヤは、正当ユダヤ教から見ると、異教に汚された不浄の地で、彼らはしばしばガリラヤをさげすんだのでした。イエスの活動は、この地からはじまります。

洗礼者ヨハネがとらえられた時、イエスは、ご自分の活動の時が来たことを知ります。イエスは、迫害を予感しながらも、ガリラヤの地で宣教の開始を告げます。

その最初の言葉は、「悔い改めよ。天の国は近づいた」というものでした。

ガリラヤにはじまったイエスの宣教、それははじめから全世界を視野におさめていた宣教のようです。

イエスは、ガリラヤの地で、福音宣教を開始し、4人の弟子をお集めになります。ここには、2つの召命物語が述べられています。

ガリラヤ湖のほとりを歩いていたイエスは、2組の兄弟に目をとめられます。
  イエスがご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われと、彼らはすべてを捨てて イエスに従います。

イエスがあなたをご覧になって、あなたを呼ばれたらあなたはどうしますか。「イエスに従った」という言葉は、あなたの心にも、強く響きませんか。

祈り

全能永遠の
  神である父よ、
  わたしたちの行いがいつもみ旨にかなうよう
  導いてください。
  御子キリストのうちにあって
  豊かな実りを結ぶことができますように。
   集会祈願より

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第1朗読 イザヤ書 8章23b~9章3節

先に
ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが
後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた
異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。

闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

あなたは深い喜びと
大きな楽しみをお与えになり
人々は御前に喜び祝った。
刈り入れの時を祝うように
戦利品を分け合って楽しむように。

彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を
あなたはミディアンの日のように
折ってくださった。

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第2朗読 コリントの信徒への手紙1 1章10~13、17節

さて、兄弟たち、
わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。
皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、
心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。

わたしの兄弟たち、
実はあなたがたの間に争いがあると、
クロエの家の人たちから知らされました。

あなたがたはめいめい、
「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」
「わたしはケファに」「わたしはキリストに」
などと言い合っているとのことです。

キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。
パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。
あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。

なぜなら、キリストがわたしを遣わされたのは、
洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、
しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、
言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。

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福音朗読 マタイによる福音書 4章12~23節

イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。

そして、ナザレを離れ、
ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。

それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。

「ゼブルンの地とナフタリの地、
湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、
異邦人のガリラヤ、

暗闇に住む民は大きな光を見、
死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」

そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って
、宣べ伝え始められた。

イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、
二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、
湖で網を打っているのを御覧になった。
彼らは漁師だった。

イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。

二人はすぐに網を捨てて従った。

そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、
父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、
彼らをお呼びになった。

この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。

イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、
御国の福音を宣べ伝え、
また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。

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