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カトリック雲仙教会(長崎教区)

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カトリック雲仙教会

  • 教会堂名:
        福者アントニオ石田と同志殉教者
        島原教会の巡回教会
  • 主日のミサ:11:10(第2,4なし)
  • 〒854-0621 雲仙市小浜町雲仙札の原422-2
聖堂前方
聖堂前方
祭壇
祭壇
聖堂正面十字架
聖堂正面十字架
聖櫃
聖櫃
朗読台
朗読台
聖堂内 マリア像
聖堂内 マリア像
聖堂内 アントニオ石田像
聖堂内
アントニオ石田像
ステンドグラス 聖母の組
ステンドグラス
聖母の組
ステンドグラス 慈悲の組
ステンドグラス
慈悲の組
ステンドグラス 聖体の組
ステンドグラス
聖体の組
ステンドグラス 剣を鋤に、槍を鎌に
ステンドグラス
剣を鋤に、槍を鎌に
ステンドグラス 日本の教会
ステンドグラス
日本の教会
ステンドグラス たたずむ聖母と日本の教会
ステンドグラス
たたずむ聖母と日本の教会
ステンドグラス
ステンドグラス
十字架の道行き
十字架の道行き
聖水入れ
聖水入れ
オルガン
オルガン
告白室
告白室
聖堂後方
聖堂後方
歴史と聖堂内部

1627(寛永4)年から1632(寛永9)年まで雲仙地獄は殉教の舞台でした。
 松倉豊後守重政の命令によって、島原、深江、有家、有馬、口之津の主だった信者たちが雲仙で拷問を受け、その中の30余人が殉教しました。

 また、長崎奉行竹中采女正は、アントニオ石田神父ら5人の宣教師と60人のキリシタンを棄教させるべき、長崎より雲仙に護送し激しい拷問をくわえました。しかし、宣教師はその拷問に耐え、長崎に戻され西坂で火あぶりの殉教を遂げました。彼ら5人は1867年に列福されました。

 アントニオ石田をはじめとする殉教者たちにささげられ、教皇ヨハネ・パウロ2世が長崎を訪れたことを記念して1981(昭和56)年に献堂されました。


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