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聖パウロとわたし

してやったり、パウロ年

聖パウロ女子修道会 シスターパオラ・マリア 長坂 潔子

難船した聖パウロ

エフェソの長老たちに別れを告げるときに言った「主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません」(使 20.24)は、私の人生で一番私を励ましつづけ、命を吹きかえさせつづけていることばです。

しかし最近、このことばの迫力と、現実の私の生き様とはどうもちぐはぐな感じがしています。なんだろうと思ってもまだその正体がつかめません。

18歳でカトリックの洗礼を受けたとき、この喜びを、こんな喜びが「ある」ことを人々に伝えたいと強く望んで、修道院の門を叩きました。そして一生涯の職業として、キリストの福音を伝える片棒を担げるという幸せな場に今もおいていただける幸せを毎日味わい反すうしているのですが。

この1年をパウロ年と決めてくださったことになんともいえない喜びを感じ、またどこかでしてやったりという得意気な気持ちにもなっています。

教会のこの雰囲気の影響を受けて、キリストの福音さえのべ伝えられれば・・・ということばが新鮮にこのごろの私に静かに波のように押しよせてささやきます。



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